2021年8月8日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「知力を尽くして主を愛せよ」 ルカ6:35
先日シェイクスピアの戯曲「ハムレット」を鑑賞した。舞台はデンマーク、エルシノアの王城。第一幕は、城の人気ない城壁に、深夜、先代の王の亡霊が現れたという噂から始まる。先代の王が没して二か月足らず、亡き父の弟クローディアスが新しい王となっている。王子ハムレットにはこの状況が楽しめない。父である先代の王に比べれば、新王はあらゆる点で見劣りする。加えて父である先代の王は、弟クローディアスに暗殺されたのではないか、その疑念も拭えない。深夜、王子ハムレットが城壁に出てみると、果せるかな、亡霊が現れる。甲冑を着け、夜霧の中にぼんやりと浮いているが、まさしく亡き父、先代の王の姿ではないか。亡霊は息子のハムレットを抱き寄せ、「自分は、弟クローディアスに殺されたのだ。復習してくれ」と告げて消える。ハムレットの憂鬱が始まる。憂鬱の理由は何か?(父の亡霊をこの眼で見たのは事実だが、亡霊の言葉をどこまで信じてよいものか?亡霊の正体が悪霊であったならば、悪霊の言葉に騙され、復習することになる。悪霊ならば、巧みに自分を間違った道へ誘い込むだろう)。父の亡霊を悪霊ではないかと疑った、ハムレットの冷静なセンスである。映画「エクソシスト」ので、神父が悪霊に「名を名乗れ」と命じると、「バアル」と大声で叫ぶシーンがある。バアル神、悪霊と戦った預言者にエリヤがいる。エリヤの挑戦を受け、悪の霊バアルに使える預言者450人がカルメル山に集まった。エリヤが祈ると、天が割れ、火が降り…勝負は誰の目にも明らかだった。「コンニャロウ。悪霊なんか拝みやがって!」。現代日本における新興宗教のお盛んな時代、当然(これは悪霊ではなかろうか?)と、疑うセンスは不可欠だ。我が国、日本の五大新興宗教と言えば、創価学会、幸福の科学、立正佼成会、顕正会、霊友会。信徒数はいずれも100万人を優に超えている。ヤバイのは、これら新興宗教の本質が、「ご利益宗教」である点だ。神と人間との結びつきが、ご利益、金銭、利益をベースに成立する。由由しき事態である。金まみれの汚れた世界で、汚れなきこころで、神を愛するようイエスは求める。「そこで、イエスは彼に言われた。『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』」(マタイ22:37)

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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