2024年5月12日 基督聖協団目黒教会 馬上野々花神学生
「天の故郷を求めて」ヘブル人への手紙11:8-16
今日はアブラハムから「信仰者として御国をもとめて生きる」ということについて教えられて参りましょう。アブラハムは神に対して従順な人であり、地上生活を信仰によって生きました。「信仰」とは「神(神の言葉)に対する信頼」を意味しています。神様はアブラハムに約束を与えられました。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。わたしは、あなたを祝福するものを祝福し、あなたを呪うものをのろう。地の全ての部族は、あなたによって祝福される」(創世記12:1-3) アブラハムは信仰によってこの約束を信じ、この地上を神と共に生きました。それは8-12節に大胆に証されています。アブラハムやその子供たちは、与えられた約束の全貌を見届けることはなく死んでいきましたが、マタイによる福音書に記されているキリストの誕生の系図はアブラハムからはじまります。アブラハムの子孫からキリストは誕生しました。そしてこのキリストにあって私たちは神の民とされ、御国の相続人とされたのです。アブラハムはこの地において神に与えられた召しに従い、神と共に生き、神と共に働きました。そしてそれはキリストへと通ずる神の御国の建設の働きだったのです。そしてアブラハムは13節に記されるように自らを「地において旅人であり、寄留者である」と告白していました。旅人としての歩みはいつどのようなハプニングに見舞われるかわからない心の休まらない生き方だったでしょう。寄留者という自分の祖国を離れ異国の地に住まう生き方はどこか心に寂しさや人に理解されない虚しさを覚えるものだったでしょうか。そのように生きたアブラハムの心が慕い求めたのは「天の故郷」つまり「神の都」だったのです。天のお父さんである神と共に住む安らぎの場所です。黙示録21:1-4に記されているように、そこには死も悲しみも叫び声も苦しみもありません。神はこの世の罪で傷ついた私たちの悲しみの涙をぬぐい取り、平和に満ちた神の都へと迎え入れてくださいます。神は御国を求めるものを喜び、そして与えてくださいます。イエスキリストの十字架による罪の赦しを信じるならば、この「天の故郷」への道は開かれるのです。私たちは罪が蔓延るこの世を生きるものです。ですが、私たちはこの世の現実に失望しません。神の御国の到来を信仰の目でこの地に見ているからです。その日を信じて喜びをもって待ち望みましょう。そして私たちもこの地上にあって、神の御国を建設する働きに召されています。目黒の地で十字架を掲げ、キリストがもたらした良い知らせを証するのです。私たちも神のみことばに忠実に聴き従い、神が与え示す計画を行い、神の民の歴史を刻み前進して参りましょう。
礼拝メッセージ
わが愛するもの
2026年1月18日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり「わが愛するもの もっと見る