2026年1月4日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「ともにおられる神」出3:5
「あなたの足のくつを脱げ」神がモーセを選び、彼の現在、また未来の権利を明け渡すように命じたのは、神がアブラハムと結ばれた契約を実現させるためだ。その契約はアブラハムの子孫イスラエル民族の祝福と、カナンの地を与える約束、そしてアブラハムの子孫によって地の全ての民族が祝福される。というイスラエルと全人類を祝福する契約だ。イスラエルをエジプトから救い出すためにモーセが選ばれた。モーセは神の召しを拒む。モーセは過去に同胞イスラエルのためにエジプト人を殺し、結果エジプトから命を狙われ、同胞から拒まれ、生きる場所を失う経験を持つ。王族の位から、異国の寄留者とされた体験はモーセの心を打ち砕いた。このモーセを神は選んだ。モーセは神の召しに応じる力や資質が自分にないことを神に訴える。神は、「わたしがあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。」と心強いおことばを伝える。しかしモーセから出た言葉は「ああ、わが主よ、どうかほかの人を遣わしてください。」だった。モーセは必ず待ち受けるであろう困難から逃げ出したかった。神の怒りがモーセに向かって燃え上がり、モーセは神に従うことを決意する。
神の召しに従ったモーセの歩みは、困難の中神に叫び求める歩みだった。しかしモーセが困難に打ち負かされることはなかった。モーセを召し出された神がともにおられたからだ。神はモーセを「わたしの全家を通じて忠実な者。」と評される。神は自分の権利を明け渡した人々を尊ぶ。モーセが神の召しに背いたなら、神との深い関係に至ることはできなかっただろう。神に明け渡した人生には、苦難にまさる神の栄光に満ちた喜びがある。人の能力や権力で神の救いの御計画が進められるのではない。神に自分の権利を明け渡した人とともにおられる神が救いの御計画が進められていく。
イエスは神としてのあり方を保とうとされず、人の姿をとられた。神であることの権利も栄光も神に明け渡し、ご自分を空しくして従うイエスと神はともにおられた。神は、救いの御計画のために召された人々とともにおられる。神はアブラハム、イサク、ヤコブと約束された。「わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福する。あなたの子孫を増し加え、あなたの子孫によって、地の全ての国々は祝福を受けるようになる。」
神は、ヨセフ、モーセ、ダビデ、預言者たちとも常にともにおられた。イスラエルとともにおられ、イエスを信じ霊的にアブラハムの子孫とされた私たちとともにおられる。そして、救いの約束を実現されていく。