2025年12月21日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「喜びの知らせ」ルカ2:8‐20
羊を見守るために野宿をしていた羊飼いをまばゆい光が包み、み使いは救い主の誕生を告げた。するとおびただしいみ使いの軍勢が夜空を覆いつくし、神への讃美を天地に響かせた。その光景に羊飼いは恐れを抱き、神を崇めた。メシアの誕生を一番に知らされ、素晴らしい啓示を与えられた羊飼いに思いを寄せる。羊は旧約の時代からイスラエルの民を支える大切な財産だった。羊の世話をするのは持ち主の子供の役割とされた。ヤコブ、モーセ、ダビデも親、姑の羊を飼い世話をした経験を持っている。羊の世話は危険をともなう仕事で、羊を守るために少年ダビデは猛獣と対決している。また、ヤコブは羊の群れを守る責任と苦労をラバンに訴えている。ヤコブは姑ラバンの羊から盗まれたものがあったなら、その羊の代価をラバンに支払い、野獣に殺されたものに対しても償った。昼の暑さ、夜の寒さに悩まされ眠れない日々だったと苦労を訴えている。
新約の時代も、羊飼いが負う苦労は変わらない。しかし、新約時代の雇われ羊飼いは社会的に疎外され、人々から軽視される存在となっていた。それは次のような理由からだった。
家畜とともに生活する羊飼いは衛生的ではなく嫌われていた。当時の羊飼いたちは学ぶ機会を得られず字が読めない無学の人であった。羊の世話をする彼らの労働賃金は安く貧しかった。羊の世話のため安息日を守らなかったことで人々から軽蔑されていた。ローマ皇帝による住民登録の枠からも外される存在だった。羊飼いが人の物を持ち逃げする能力はことわざになっているほどで、不正直な者とされ法廷で証言することも許されなかった。羊飼いは社会の底辺を這って生きていた。しかし、神が誰よりも最初に、救い主イエスのお誕生を伝えたのはこの羊飼いだった。イエスはメシアとして活動を始め、安息日に会堂でイザヤ書を朗読された。「主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、目の見えない人には目の開かれることを告げ、虐げられている人を自由の身とし、主の恵みの年を告げるために。」朗読されると、イエスは聖書を巻き「今日、この聖書のことばが実現しました。」と会衆を前に話された。弱い者を理解し、御手を差し伸べられたイエスの生涯を思うとき、誰よりも先に羊飼いに救い主の誕生が知らされたことは、神の強いおこころがあったことだと教えられる。誰からの目にも留まらない小さい者、弱い者を神の御目は見つめておられる。