2021年2月7日 聖協団目黒教会 都丸道宣牧師

「御霊を消さないで」テサロニケ人への手紙 第一 5章19-28節

聖フランシスコの祈りの中にこのような言葉があります。「理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する者に」。見返りを求めない姿です。私たちはともすると自分の行動に見返りを求めてしまいます。愛したら愛されたい。教えたら学んで身に着けてほしい。相手の行動が何も変わらないのにただただこちらから種をまき続けることに苦痛を覚えることがあります。しかし、神様は種をまき続け、愛を注ぎ続けてくださるお方です。イエスさまは見返りを求めず命をささげてくださいました。私たちの思いや行動がなかなか変わらなくても、聖霊さまは私たちの心がイエスさまと繋がることが出来るように働きかけ、私たちが神さまを信じ、仰ぐことが出来るようにしてくだいます。救われた私たちは聖霊さまの助けによって、上におられる方を自然に仰ぐことが出来るようになるのです。「御霊を消してはいけません。」聖霊さまの働きを弱めてはいけません。自分が問題にぶつかったとき、誰かの相談に乗っているとき、家族や会社全体が困難にぶち当たったとき、何か気持ちよい成功をつかんだとき、神さまからの声を聞き逃してしまうことがありますが、そのときこそ、聖霊さまが働かれるのをしっかり受け取りたいものです。神さまから来る良いものを離さないでいるなら、私たちは聖霊によって完全にされていきます。イエスさまが再び来られるまでの歩みがまっすぐにされていきます。困難に遭うのは神の愛のためだと気づきます。それがなければ、人は驕り、高ぶります。砕かれ、へりくだることを忘れた人はあわれです。他人を傷つけても、その痛みに気づけなくなり、自分さえ良ければ、自分の家族さえ、自分の会社さえ良ければ、という思いが強くなるとき、神を忘れ、人を傷つけ、悪を招いていきます。痛みを知り、弱さを知り、イエスさまが通った道を辿るなら、第三者の痛みに悲しみを覚えることが出来ます。誰かの喜びを共に分かち合えます。イエスさまがどれだけ愛してくださったかを知り、自分が傷ついたとしても、相手を生かし、自分が苦しんだとしても、相手が愛を覚えることが出来るような行動をとることさえ出来るのです。聖霊さまをお迎えして、へりくだり、理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する者となって、神さまの栄光をこの地上で現わしていきましょう。それが今、地上に生きるクリスチャンに求められているのです。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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