2020年8月9日基督聖協団目黒教会 牧師 横山さおり「福音の力」 

ローマ人への手紙1:1~17パウロは生粋のヘブル人、律法ではパリサイ人、神の御子イエスの敵でした。その彼がイエスの僕となり、ローマの教会へ手紙を書き送りました。パウロは栄光の復活の主から直接使徒として召され、まだ会ったことのないローマ教会の信徒たちに心を寄せていました。ローマ教会の信徒は信仰に熱心でしたが、そこには信徒同士の対立がありました。パウロはローマに行き、彼らに聖霊の賜物を分かち合い、互いに励ましを受けたいと願いました。パウロは使徒としての勤めである福音を伝えること、信徒の信仰を従順に導くことに対し、他の使徒たちより強い責任感を持っていて、福音を伝える負債を負っていると言っています。「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです」(Ⅰコリント15:9~10)。パウロは復活されたイエスに出会う前、教会とその信徒たちを激しく迫害した過去を持っていて、ステパノの殉教の時にもその場に居合わせました。ステパノが自分に石を投げつける人々のためにとりなし、「彼らの罪を彼らに負わせないでください」と祈り、肉体の眠りについた最後も見たでしょう。パウロはステパノを処刑することに心から同意し、さらに「信徒たちを見つけ出しては男も女も引きずり出して牢に入れ、脅かしと殺害と意に燃えていた」とあります。何と恐ろしいことでしょう。 しかしパウロは復活のイエスに捕らえられ、完全にイエスの僕となりました。 パウロの大きな罪をイエスはさらに大きな愛で包んでしまったのです。 罪が増し加わるところには、その罪を覆う恵みはもっともっと大きく満ち溢れました。イエスを憎み、教会と信徒を迫害して殺意に燃えていた過去さえも覆って下さるイエスの愛が、誰よりも熱心に使徒としての勤めを果たす彼の原動力だったのです。パウロは福音を恥とせず、知識人にも未開人にも証しました。福音は信じる人に救いを得させる神の力です。 アブラハムが神に信頼するその心によって義とされたように、モーセが旗竿に青銅の蛇を掲げ、それを見上げた荒野の民が救われたように、信じること、イエスを仰ぎ見ることによってのみ、神の義が人に与えられるのです。 パウロはそのことの証人で、神は彼をご自身の福音のために召し出されました。 神の恵みを現わす証人として…。いいね!コメント

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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