2020年8月2日 「三位一体の神の救い」 テサロニケ1章5-10節聖協団目黒教会牧師 都丸道宣テサロニケに生み出された教会をパウロはわが子のように可愛がり、健全に育てようとしました。テサロニケの教会には神さまに対する忠実さがありました。それは神に選ばれたからだと言っていますが、それには理由がありました。選ばれたのを知ることができる理由をパウロは三つあげています。一つ目は、聖霊によって届けられたということ。二つ目は福音を受け入れた人々に聖霊による喜びがあるということ。三つ目は福音を受け入れた人々が変えられたこと。一つ目の理由では聖霊に届けられたときに、力と強い確信とを伴っていたことをあげています。福音の力というのは救いに導く闇から光への大転換の力です。強い確信とはその福音を信じる信仰が語る側にあるかということ。福音は知恵によるのでも論理に頼るのでもなく、福音の力と確信を伴う聖霊の流れがそこにあるかということによっているのです。パウロとシルワノ、テモテの普段の生活にも、聖霊は伴っていました。三週間しかなかったが、生活の全てからにじみでる聖霊の麗しさがあって、素晴らしい福音が確実に届けられたのである。二つ目の理由は受け入れた人々に聖霊による喜びがあったということ。これは迫害の中でも苦難に負けることのない喜びのことです。救いを受け入れた人というのはそこからみことばによってきよめられる生活を始めます。神と共にある喜びによってイエスのように、苦難の中でも神に喜ばれる十字架の道を選べるようになっていくのです。三つ目は人々が変えられていったこと。最初に偶像から立ち返るという変化が起こりました。次に神に礼拝をささげるように変わりました。真の神との真の関係に立ち返ることができたということです。私たち被造物は造られたお方を礼拝することが魂に最も必要なことで、それが満たされるとき、神の与えられた素晴らしい人生に喜びを感じるのです。礼拝者として造られた私たちはその本来の姿をもって、やがて来られる再臨の主イエスを待ち望む心を備えられるのです。教会はこの世にありながらこの世から選ばれて完全な救いをもたらされるのを待っている存在なのです。神さまの選びによって、イエスさまを信じるようにされた私たちはその十字架によって贖われ、再臨を待つものとされました。聖霊さまの喜びが無くてはこの世の苦難のなか、喜んで過ごしていくことは出来ません。この三位一体の神さまの働きは人類すべての救いの完成を目指し、この働きこそ私たちへのグッドニュース、福音なのである。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です