2019年12月15日

「謎解き」  マタイ2:16~18

基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年齢は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。『ラマで声がする。泣き、そして嘆き叫ぶ声。ラケルがその子らのために泣いている。ラケルは慰められることを拒んだ。子らがもういないからだ。』」(マタイ2:16~18)

この聖書箇所は、クロスワード・パズルのような複雑な構造を秘めている。

著者マタイは、ヘロデ王による幼児虐殺事件の記事に、預言者エレミヤのことばを引用する。「主はこう仰せられる。『聞け。ラマで聞こえる。苦しみの嘆きと泣き声が。ラケルがその子らのために泣いている。慰められることを拒んで。子らがいなくなったので、その子らのために泣いている。』」(エレミヤ31:15)。マタイの時代から遡ること約700年前、預言者エレミヤの時代に〝バビロン捕囚〟があった。エレミヤ31章15節は、戦争で亡くした息子たちを思って嘆き悲しむ母たちの姿を記したものだ。エレミヤ自身、捕虜として連行される途中、ラマの村を通り、ヤコブの妻ラケルを思い出す。ラマの村にはラケルの墓があったからだ。ラケルは創世記の世界である。実はマタイ2章17節、18節の記事は、三段構えの構造になっている。幼児虐殺事件が発生したイエスの時代、戦死した息子を嘆くエレミヤの時代、最愛の息子ヨセフを失った創世記ラケルの時代。このような複雑な構造をしているが、一本の赤い糸は筋のようにしっかり入っている。それは、愛する子どもを失い、嘆き悲しむ母親の問題であり、マタイはこれをイエス誕生と結びつける。

イエスの誕生は十字架で死ぬための誕生であり、そこに母マリヤの悲しみがあり、クリスマスは受難を目指すとするマタイの眼力はすさまじい。イエスを産んだマリヤが幼子を連れて神殿に向かい、そこでシメオンに出会う。シメオンは母マリヤに言う。「この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう」(ルカ2:34~35)。もちろんイエスの受難は、父なる神の痛み、悲しみであるのは言うまでもない。

イエスが生まれてくださったのは、私の罪を赦し、贖うためであった。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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