個性から永遠のいのちへ
ルカ24章
2019.11.17 都丸 道宣
神さまはそれぞれの人生に見合った救いの道を、それぞれの個性に合わせて用意してくださる。エルサレムの弟子たちの前に現れた復活のイエスさまは旧約聖書のご自分についての預言を振り返った。弟子たちはそれぞれ個性的な面々だったが、イエスさまは彼らを一つのチームに組み合わせて、力に変えた。
個性を見出すイエスさまはそれぞれの救いから一つの召しへと導かれた。与えられている環境や関係は「心は燃えていたではないか」というものへと変わり、神さまとの交わり、悔い改め、救いを深く受け取る中で、それぞれの賜物はチーム全体にささげられるものとなり、主のために用いられるようになる。それは神さまの目的につながっていくということ。
弟子たちはイエスさまが行ったわざを出来るようになっていった。あとは復活の預言を信じるかどうか。
個性が生きていることに喜びを感じるのは最初の段階。そこから、自分の個性もいのちも死んでいく中に喜びを感じていくという段階へ変わっていく。イエスさまが復活されたことを喜び、自分は生かされているといういのちを生きるようになる。死の恐れをも克服した勝利の力へとつながる。
弟子たちが復活前のイエスさまと過ごしていた時は、イエスさまを愛してはいるが、イエスさまが地上に来られた本当の意味に心が開かれていなかった。その古い自分と別れることを聖書では「死ぬ」と表現することがある。心が開かれてイエスさまの声に耳を澄ますときに弟子たちは自分に死んでイエスさまの命令が聞けるようになる。
「見よ、わたしは、わたしの父が約束されたものをあなたがたに送ります。あなたがたはいと高きところから力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」
この命令を聞くことが出来るときには、神さまが願われていることを行う者へと変えられているのである。始めは出来ない!と思ってしまうのだが、病をいやし、心の傷に寄り添い、悪霊を追い出す神の御子を見続けるとき、信じる信仰が生まれ、少しずつ自分の人生がはがれていって、新しい価値観、新しい生き方を身に着けていくことが出来るようになる。死の向こう側、神さまの価値観で自分を見ることができるようになる。
自分の存在を何よりも大切に思ってくださる神さまの価値観で自分の生涯を捉えなおすときに、病も苦しみも失敗も挫折も、喜びも安心も幸せも平和も、人生に起こる何ものをも余すところなく神さまの与えてくださった賜物として受け取り、その全てによって内に永遠のいのちの輝くのを知ることになるのだ。