2025年10月26日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「聖霊の証」ヨハネ15:18-27
イエスの弟子となった者たちは、イエスが迫害を受けたように迫害を受けると告げられる。イエスはご自分に敵対する人々の心の奥深くに潜む神に対する高ぶり、欲望を見抜かれて、躊躇することなく厳しく戒められた。罪を指摘された人々は怒り、イエスを殺そうとした。イエスのおことばの光は人々の心の隅まで照らし、罪の深さをあらわにする。人は誰もが心の奥の悪いものが照らされることを嫌う。イエスは、人々がご自分のことばを受け入れ、罪から救われ、永遠のいのちを得ることを求めておられる。*(ヨハネ12:44-50)しかし、多くの人々は光であられるイエスを受け入れることができなかった。メシアである証明の力ある奇跡は祭司長、パリサイ人の妬みを買いイエスを十字架につける引き金となった。*(ヨハネ11:47-48)神を知っているはずの祭司長たちこそメシアと神の国を待ち望むべき人々だった。しかし、彼らはイエスを崇めず、自分たちの権威と政策を崇めた。そして議会をあげて、イエスを殺すことを決めた。イザヤはイスラエルがバビロン帝国、アッシリア帝国に滅ぼされるという背景のなかでイスラエルに対する神のさばきを語り、同時にイスラエルに対する神の赦しと慰めを語った。*(イザヤ8:11-18)主はイザヤを御手に捕らえて戒める。「万軍の主、主を聖なる者とせよ。主こそ、あなたがたの恐れ、主こそ、あなたがたのおののき」祭司長やパリサイ人たちがイエスを憎み迫害し死に至らせたのは、奇跡を見ても神を恐れない傲慢でかたくななこころ。神を知らないための不信仰による。それにより、イスラエルがイエスにつまずくことが預言されている。つづく17-18節のおことばは、へブル書2:13でイエスのことばとして引用されているが、人として肉体をもって生まれ多くの苦しみを通った神の子イエスの苦しみを通して、多くの神の子が生まれる救いが預言がされている。神はイエスを迫害した人々の失敗をも覆し、イスラエルと万人の救いの道を開かれた。イエスを信じる者は迫害を受ける。しかし、イエスが約束された聖霊は、迫害する者に力強くイエスを証しする。また、イエスのおことばに仕える弟子たちの証しによって神の救いの御業は進められてゆく。互いに愛し合う教会は聖霊の力に満ちていた。