2025年8月10日 基督聖協団目黒教会 馬上真輝師
「あなたがしてあげなさい」マルコの福音書6章30-45節
イエス様は、食事をとる時間を確保できないほど忙しく宣教の働きをしてきた弟子たちに、休むように命じています。そこで弟子たちは、言われた通り自分達だけで人気のないところに行きました。ところが、それを見た群衆があちこちからやって来て、弟子たちのところに集まってきました。それを見たイエス様は、彼らを深く憐れまれて、多くのことを教えられました。弟子たちはおそらく、イエス様が人々を教えてる手助けをしていたのでしょう。ゆっくり食事をとって休むために向かった場所でも、弟子たちは忙しく働くことになってしまいました。そのうち遅い時間になってしまったので、弟子たちはイエス様に、人々がそれぞれ食事を取るために、彼らを解散させるよう求めます。しかしイエス様はこう答えられます。「あなたがたが、あの人たちに食べる物をあげなさい」弟子たちは相当驚いたことでしょう。「私たちが出かけて行って、二百デナリのパンを買い、彼らに食べさせるのですか。」と問いかけます。デナリというのは当時の1日分の給料に値するので、200日分の給料を使って彼らに食べさせることになります。その問いかけに対してイエス様は、パンがいくつあるか確認させ、群衆を座らせます。そして神をほめたたえ、そのパンを裂き、弟子たちに配らせました。その結果群衆はそれを食べ満腹になり、しかも十二のカゴがいっぱいになる程余りました。神様は決して私たちの必要を見過ごされる方ではありません。イエス様は忙しく宣教活動をしていた弟子たちに、まず休むように命じられました。結果的にはまだ働くことになってしまいましたが、45節ではご自分で群衆を解散させ、再び弟子たちを休みに向かわせます。イエス様は、必ず最善のタイミングで私たちの必要を満たしてくださるのです。私たちはそのイエス様に信頼し、み前に正直なものでありたいと願います。私たちと神様の関係は、ただの主従関係ではありません。神様は、子どもの思いを知っていたい親のように、私たちの思いを気にかけて下さる方です。その思いがたとえ神様の思いと違うものであったとしても、神様は喜んでその思いを聞いてくださいます。そして私たちが神様の前に正直に答える時、イエス様は私たちの思いを受け止め、それでも「あなたがしてあげなさい」と語ってくださいます。それは、わたしたちを神様のわざの一員に招き入れたいと願っているからです。そこには、あなたを価値ある存在だと認めてくださる、大きな愛があります。大切なあなただからこそ、わたしが行うわざに携わってほしい。そう神様は願っておられます。私たちがどれだけのものを持っているか、どれだけのことができるかは、重要ではありません。私たちが神のわざのうちに加わることを、神様は喜んでくださいます。そして神様は私たちを用いて、はるかに想像を超えたわざを行ってくださいます。私たちはこの神様のわざに期待していきたいと願います。