2025年7月27日 基督聖協団目黒教会 横山さおり師

「愛すること」ヨハネ14:15-21

人は愛すること愛されることを通して真の喜びと幸せを得る。イエスが私たちに命じられたのは「互いに愛し合いなさい」という戒めだ。神の似姿に創造された人間が真の幸せを得る道は「互いに愛し合う」ことであるとイエスはご存知だ。父なる神と子なるイエスはこの戒めを御身をもって私たちに示された。愛は父なる神の御本質だ。愛する者のために犠牲を払うことを厭わない偽りの無い愛で私たちを愛される。イエスは御自身の羊をいのちをかけて守られる。(ヨハネ10:14-18、)(ヨハネ10:24-30)

御自身が一粒の麦として死に、多くの実を残すことが父なる神のお心であることをイエスはご存知だった。それはイエスにとって苦しみの道だった。しかし父なる神が死んだラザロを蘇らせて栄光を現わしたように、イエスの死と復活を通して再び大いなる栄光を現わされると、神に対するイエスの信頼は揺るぎない。(ヨハネ12:23-29)

イエスが背負う万人の罪の重みはイエスを押しつぶすほどだった。暗黒に覆われたゲッセマネの園で一人もだえ苦しみ祈るイエスのお苦しみは誰にも想像できない。(ヘブル5:7-10)

イエスの苦しみによって万人に永遠のいのちが与えられ、神の子としての位が授けられた。イザヤ書の苦難のメシヤ預言には「彼は自分のたましいの激しい苦しみの後を見て、満足する。」と記されている。この預言の通りイエスの犠牲によって神のお心が成し遂げられ多くの人に永遠のいのちが与えられたことはイエスの喜びだった。イエスは私たちの救いの源となり、今私たちの罪のためにとりなし祈られる。父なる神の痛みはイエスの痛みであり、父なる神の喜びはイエスの喜びだ。イエスはご自分と父なる神の豊かな愛の交わりのなかに私たちをも加えられた。神の痛みと喜びが私たちのものとなり、イエスの痛みと喜びが私たちのものとなるように導かれる。私たちの弱さを知り尽くすイエスは私たちに助け主を送ってくださった。助け主であられる御霊は私たちとともにおられ、私たちのうちにおられる。旧約における聖霊(神の霊)は世界の創造にかかわりを持ち、神に仕える人々に力と賜物を与えた。預言者たちは御霊を通して神のおことばを受け、御霊によって神のことばを民に伝えた。神への献身、従順なこころ、罪を悔いる柔らかなこころも御霊の働きによるものであることが旧約聖書では示されている。新訳においては聖霊のお働きによる信徒一人一人の愛のわざによってイエスの身体である教会は立て上げられていった。私たちも助け主である聖霊のみ力を仰ぎつつ「互いに愛し合いなさい」と命じられるイエスに従っていこう。失敗しても何度でもイエスの御手にすがり立ち上がればよい。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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