2025年4月6日 基督聖協団目黒教会 馬上野々花神学生
「一つとなって主の栄光を慕い求めて」Ⅱ歴代誌5:11-14

本日の聖書箇所の背景は主がソロモンに約束してくださっていた神殿が完成し、神殿奉献の中で主を賛美する場面です。神殿建築という大きな働きを完成まで導いた神に高らかに賛美を献げます。レビ人と祭司はまるで一人の人であるかのように「主はまことにいつくしみ深い 主の恵みはとこしえまで」という告白において一致し、心からあふれ出る賛美をささげました。このような賛美の中に主はご自分の臨在を現し、宮を栄光で満たされました。主は今も生きておられます。私たちが主の僕として神の前に自らの身を低くし、私たちが、主は愛とあわれみに満ちた真実なお方であるという真心からの告白と賛美においてひとつとなるとき、主はそれを喜び、圧倒的な臨在をもってご自分を私たちに示してくださいます。しかし私たち信仰者の人生の旅路は山あり谷ありです。主を賛美できないと感じるときもあるでしょう。私たちはどうしたらよいのでしょうか。Ⅱ歴代誌20:20-23でユダにモアブ人とアンモン人が攻めて来たとき、ユダは戦いの際に武装した者たちよりも神を賛美する者たちを前に立たせたことが記されています。賛美する者たちが「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで」と喜びと賛美の声をあげるとユダは、神の導きによって大軍に勝利しました。目の前に見える状況がよくないと思われるようなときもイスラエルは神に対する信頼の故に神に賛美を捧げました。そして彼らは確かに勝利を見ました。賛美とは主の真実さという、神のご人格とご性質への信頼であるともいえるのです。ですが、いま苦しみの中で主を信頼し賛美しましょうと言われても、なお苦しみを覚える方がおられるかもしれません。Ⅰ歴29:13-14でダビデは私たちが神にささげるものすら神が与えてくださったものであると言います。これは賛美においても同様です。苦しみの中で神に賛美を献げることも、神からの賜物です。賛美の言葉も、神への信頼の想いも主が御霊を通して私たちにさずけてくださいます。私たちは共同体として神様によってこの地上を生かされています。主は私たちが一人一人違う存在でありながら、まるで一人であるかのように一致して神を賛美することを望んでおられます。ですから私たちは、今心から神様を賛美できないという試練の中に置かれている兄弟姉妹のうめきにも共同体として心を合わせ、神が勝利を与えてくださるという信頼の故に「主はまことに慈しみ深い その恵みはとこしえまで」と祈り心をもって共に賛美を献げたいと願います。主は今日も生きておられます。神は愛です。私たちは神の前に一つとされて、愛のお方である主を賛美し、神の栄光の現われを慕い求めて参りましょう。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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