2025年2月9日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「謎」黙示録21:1〜3 ダニエル12:4
カナの村で決結婚式があり、イエスと母マリアは母子で出席していた。だが宴たけなわという時、葡萄酒が尽き果てようとしていた。母は、息子に「何とかならないかしら」と、訴えた。イエスは母に言った。「女の方、あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。わたしのときはまだ来ていません。」この言葉の意味する謎の何たるかは母マリヤにはわからない。だが、これまでもそうであったように母は子に、母は謎に服従する。ダニエル書はこの謎について言及している。「ダニエルよ。終わりの時までこの謎をひめておけ。(ダニエル12:4)これはこの謎の前でたたずむ信仰者に対して与えられた言葉である。「グレード4で最も厳しい悪性脳腫瘍です。余命は1年です。」私はこの謎の前にたじろいだ。「あなたは終わりの時までこの謎を伏せておけ」(ダニエル12:4)これは謎の前でたたずむ仰者に対して与えられた言葉である。主イエスを救い主として信じても、歴史や人生で起こる出来事の究極的な謎の意味も、その謎の意味の何たるかも、試練の意味も試練の意味の何たるかも、試練の意味も「終わりの時」まで隠され封じらている。「終わりの時」とは簡単に言えば歴史の謎、人生の謎に結論がだされる時である。
「そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。『見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかり拭い取ってくださる。』
世界の歴史や人生は謎が満ちている。この黙示録のこの場面こそが、究極的に「人生と歴史の謎」が克服された「終わりの時」である。謎の本質は、死や苦しみである。私たちの眼に涙があふれるのもそのためでである。神の言葉も答えも、終わりの時まで人生の謎も歴史の謎も封じられ、秘められている。謎の具体的な表れが、死や苦しみである。長い間封じられ、秘密にされていたが、終わりの時についにその謎が解かれる日がやってくる。、その日まで、謎の意味も秘密にされ封じられている。だが「終わりの時」が来れば、人は、すべてを理解する。こうして人は、謎の答えにたどりつく「もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」(黙示録21:3)
すべての謎が明かされる神の国、新天新地はもうそこまで来ている。神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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