基督聖協団目黒教会 馬上野々花神学生
「最大のプレゼント」ルカの福音書2章8-20節
 救い主がお生まれになった知らせは、はじめに羊飼いの元に届きました。神様は、福音のはじめをきくのにふさわしい者として、貧しい羊飼いを選ばれました。イエス様は、神であられるのに、家畜小屋で貧しい姿をもってお生まれになりました。完全で聖いお方が、不完全で罪に汚れた人間の姿をもって地上にうまれてくださったのです。私たちは、このイエス様のお姿を通して、二つの喜びの知らせを受け取ることができます。 まず一つ目は、「イエス様が人となって地上にこられたのは、私たち人間の犯した罪の罰を代わりに受けてくださるためだった」ということです。御子なるイエス様は私たちを罪から救い出すために、人となってこの地上にきてくださいました。人の心の内には神に背く心があり、人には神の言葉に従って生きるよりも、自分の思い通りに生きたい、神の主権の下に置かれるよりも、自分が主権者となって生きていきたいと願う想いが潜んでいます。しかし、罪によって創造主から離れ、神が与える平和の統治を拒んだ民は破滅の道を歩むのです。けれど、神様はご自分を拒む、ご自分の民をなお愛しておられるのです。エレミヤ書では、神様は自分に背く民に対して、怒りを抱きつつ、それでもなお、彼らを愛し、彼らが、裁きに喘ぐ姿を見て、心をひどく痛め、あわれまずにはいられないことが記されています。そして預言にはご自分の民を必ず回復させるということが何度も預言されています。主は私たちを罪から救いたいと願っておられます。神様は、御子なるイエス様の十字架を通して救いを完成させました。御子なるイエス様を地上に送り、全ての人の罪を背負わせたのです。神様はその一人子を私たちにお与えになるほどに、世を愛してくださいました。御子が私達人間と同じ、人の姿となって、この地上にお生まれになったのは、人間の罪を背負う道を歩むためだったのです。そしてこの地上を歩まれたイエス様から、私たちはもう一つの喜びの知らせを受けることができます。それは「貧しい者の友となってくださった」ということです。主イエスは、栄光のお姿を捨て、貧しい者となられました。イエス様は世界の貧しさ、孤独、虐げ、病、すべてをその身をもって知っておられるのです。私たちが孤独に震える時、貧しさにあえぐとき、虐げに合うとき、死に恐れを覚える時、「あなたの痛みを私はよく知っている」そうイエス様は私たちを抱きしめてくれます。 み使いは心に貧しさを覚えている羊飼いのもとに訪れました。彼らは、「羊飼いである私にこの喜びの知らせはふさわしくない、何かの間違いだ」そんな風には思わなかったのです。彼らはただ信じました。イエス様は、私たちを救うためにこの地上に生まれてくださいました。私たちも主が用意してくださった、大いなるプレゼントを感謝して受け取って参りましょう。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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