2024年11月24日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「希望の神」ローマ15:7-13
キリストが私たちを受け入れてくださったように互いに受け入れあうようにとパウロは命じる。ローマ教会にはユダヤ人信徒と異邦人信徒がともに集い、根の深い対立が存在していた。
世界には数限りない対立が存在する。アダムの内に入り込んだ罪の性質は全ての人に受け継がれた。神に背き、人を傷つける自己中心な罪の性質に人が心の支配をゆるすなら、世界は滅びの一途をたどる。メディヤから流れるニュースを聞き、皆がこの世界の行く末に不安を抱く時代に私たちは生きている。深い闇の力が世界を覆っている。しかし、この世界の闇のなかにも聖書は希望の光を語り続ける。パウロは対立するユダヤ人と異邦人が、互いにイエスの御前にひざまずき、聖霊の力によって一つとされることを切に祈りローマ書を記した。自分の内を縛り付ける罪を知り、高ぶらず、神のあわれみに留まり続けるようにとユダヤ人、異邦人双方を戒めた。対立の種となる人のおごりに解決を与えることが出来るのは、救い主イエスしかない。イエスは生涯を通して御自身の権利を主張されることはなかった。人から受ける称賛や名誉でご自身を喜ばせることなく、ただ神からの栄誉だけを求められた。罪のない神であられるお方が罪人として十字架刑にまで処せられた。死に至るまでご自身を与え尽くし、私たちに仕えられた。聖霊によってそそがれるイエスの愛だけが私たちを罪から解き放つ。イエスは聖書に書かれているイスラエルの父祖たちとの約束である、イスラエルの救いを確かなもととし、異邦人へのいつくしみを表され、予言を確かなものとされた。パウロが引用している申命記32章では、異邦人が救われイスラエルに妬みをおこさせること、また異邦人がイスラエルの民とともに主を誉め讃えることがモーセによって預言されている。
聖書の預言によれば、イスラエルは終わりの時に大きな国々によって攻められるが、最後には神がイスラエル全体を救い、永遠に終わることのない神の国が実現されるとある。「国々よ、御民のために喜び歌え。」そのとき異邦人は、イスラエルの救いを喜び、イスラエルを決して見捨てることなく、人間が不真実であっても決して約束を変えない神のご真実を誉め讃える。(ローマ15:12)(イザヤ11:10)イザヤによっても終末的な預言が与えられている。王となられたイエスの御前にすべての者が一つとなってひざをかがめて礼拝するとき、対立などない。
パウロが引用した聖書の背景には、すべての者が一つになり住まう神の国の実現への輝かしい希望がある。神の国という揺るがない希望を与えてくださる神を、「希望の神」とパウロは呼ぶ。
この世にあって、イエスの教えに従い平和をつくり励む者には戦いがある。しかし、イエスを主として告白するところには聖霊がおられる。聖霊は対立ではなく、一致を与えられる。イエスのおこころと私たちのこころを一つにされる。この世の闇は聖霊に打ち勝つことはできない。人の内にある、したくない悪を行ってしまう。という絶望の叫びをも、聖霊は神への賛美に変える。(ダニエル4:29-37)
礼拝メッセージ
わが愛するもの
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