基督聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「忍耐と励ましの神が与える希望」ローマ15:1-6
(Ⅰコリント12:21-26)
神はからだのなかで他より弱いとみられる部分を、各器官が覆うようにからだを組み合わされた。
それは、からだの各部分が互いのために配慮し合い一つとなるためだ。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」
イエスを頭としたからだ(教会)のあるべき姿は、世の中の流れと同じように利益を追い求めて、安易に人を切り捨て、強い者だけを重んじて教会を大きくしようと試みることではない。
教会は一致を祈り求めていく必要がある。
力があると思う人たちは、隣人を喜ばせるべきだとパウロは言う。これは隣人が神に喜ばれる幸いを知り、真の幸せを得るように助力することを指す。イエスはご自身を喜ばせることなく、反対者の攻撃を受けても神のみこころを教えて働き続けられた。
旧約聖書にはイエスのように神を愛し、自分を喜ばせることなくイスラエルの益のために命をかけて働いた預言者や王がいる。エリヤはイスラエルが神に立ち返るために大きな奇跡を行った。しかし、アハブ王のこころは神に立ち返らず、妻イゼベルは偶像の神々に誓ってエリヤの命を狙った。エリヤは死を願うほどに落胆した。「私は万軍の神、主に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」孤独、絶望、痛みがエリヤのこころを覆った。神はエリヤにご自身を現して励まし、御自身に仕える民を7千人残してあると希望の光を示された。
旧約聖書で活躍した預言者たちは、常に迫害を受けた。しかし彼らは神からの励ましと希望与えられ、忍耐の限りを尽くしてイスラエルの救いを祈り、神の約束の成就を待ち続けた。
新約の時代を生きるイエスに従う人々に、イエスは励ましと慰めのことばを語る。「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。わてしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。大いに喜びなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのですから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々は同じように迫害したのです。」もし、人が誰かのために忍耐して祈り戦っているなら、その人の歩みは間違ってはいない。イエスの苦しみをともに背負っているのだから。万人を救うために、全てを捨てて忍耐の限りを尽くして十字架を忍ばれたイエスは、ともに苦しみを負ってくれる友を求めておられる。そして隣人のために耐えて祈る祈りに神は答えられる。迫害する者だったパウロが、信徒達とともにこころを一つにして神を誉め讃える者とされたように、神は御業を表される。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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