2024年10月20日 野々花神学生「マリアの愛と献身」マルコ14章1-9節
本日の聖書箇所はイエス様の十字架が目前に迫ってきているという緊迫した状況が背景にあります。1-2節では宗教指導者たちがイエス様を殺そうと企んでいる様子が描写されています。そしてさらに10節では弟子のユダによる裏切りの場面へと展開していきます。「憎しみ、妬み、殺意、裏切り」がイエス様を取り巻いています。イエス様はこのように十字架の道を進んでいかれるのでした。
この2つの出来事の間に挟まれているのが、マリアによるナルドの香油注ぎです。ナルドの香油は300万円以上にもなる高価なものでしたが、マリアは惜しみなくイエス様に注ぎかけました。このマリアの大胆な行動を弟子たちは香油の無駄使いであるとし、批判しました。しかしイエス様はマリアの行いを喜び、彼女を庇うようにこう言われるのです。「彼女を、するままにさせておきなさい。なぜ困らせるのですか。わたしのために、良いことをしてくれたのです。」弟子の目に無駄とみえたことは、イエス様にとって喜びとされました。なぜならイエス様はマリアの行動の意味とその心を知っておられたからです。
マリアは愛するイエス様がこれからたどって行かれる苦難の道に目を留めていました。愛する人の死を受け入れることは簡単にできることではありません。ですがマリアはイエス様の死から目をそらさず、受け入れ、前もって埋葬の備えをしたのです。マリアが注いだナルドの香油の香りが部屋中を、そしてイエス様を包みました。その強い香りはゴルゴダの丘に着くまで香りつづけたと考えられています。憎悪、殺意、裏切りに晒される中、一人の女性がイエス様に注いだ愛のかたちであるナルドの香油は、ゴルゴダの丘まで香りつづけました。マリアの真摯な愛と献身はイエス様にとって喜びとされました。
私たちはマリアから二つのことを教えられて参りましょう。まず一つ目は「心の向き」です。マリアの心はイエス様に向いていました。私たちの心は主に向いているでしょうか。もしそうでないなら、私たちが背負うべきであった十字架を、私たちに代わって担ってくださったイエス様の姿を見つめましょう。私たちはこのイエス様の十字架によって罪赦され、救われました。この主の愛で私たちの冷えた心を温めていただき、神との温かい交わりの回復を通して、心を主の方へと向き直されて参りましょう。
そして二つ目は「自分にできることをする」ということです。マリアは主に対して「自分にできること」をしました。私たちは何をお献げすることができるでしょうか。私たちは与えられている賜物や、立場、置かれている状況が異なります。その中で今自分にできることはなにかということを考え、主にお仕えして参りましょう。一人の女性がイエス様に注いだ愛のかたちであるナルドの香油の香りが、ゴルゴダの丘までイエス様を包み続けたように、皆さんの献げものが主のために豊かに用いられますように。