2024年10月13日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「イエスの涙」ヨハネ11:35
ギリシャ神話の中で一番美しい少年はアドニスである。この少年の美しさに目を留めたのは美の女神アフロディアであった。狩猟の最中アドニスは猪の牙でザクリと刺され宙を舞う。「誰かお願いこの人の命を返して」アフロディアは冥界の王のもとへと急いだ「どうかこの子の命を返して」「それはならん」どんなに頼んでもいったん奪われた命は戻らない。悄然と立ち去る彼女に死の国の王は告げた「せめて花の姿に託して一年のうちに数か月はよみがえらせてやろう。少年の血がにじんだ大地の中から芽が萌え立ち真っ赤な花を咲かせた花は少年のように可憐であったが、風(アネモス)の息に吹かれてたちまち散ってしまうその儚い散りざまににちなんで風の花アネモネと名付けられた。アフロディアは少年の短い命をはかなみ涙を流した。その涙もまた花と化した。あのお方も野の花を指差し「栄華を極めたソロモンでさえこの花のひとつほどの装いにはかなわず、劣ったではないか。今日萌え立ち、明日には風に吹かれて散る野の花さえ神はこのように可憐に装って下さる。ましてあなたがたを神が見捨てるはずがないではないかイエスのこの言葉の背後には、明らかに人間を愛している神が実在している。この判断がある。それがなければこの言葉は何の意味もなさない。神は儚く散る野の花よりもあなたの方をずっーと愛しているのだからソロモンの栄華など及びもしないほどの恵みと祝福を与えて下さるとの理屈である。あのお方は親しい友ラザロの死を悼んでイエスは涙を流された。」(ヨハネ11:35)。三回目の再発が判明した時主治医に「治療を中止して緩和ケアにと訴えた。主治医も言葉を失い「頑張れ頑張れ」と私を鼓舞した。「イエスは涙を流された。」あのお方は私のそばにいるだけで何も言わない黙って私の手の上に手をのせて私の顔を見つめて涙を流す「もう頑張れない」「もういい」と決意を固めている時「頑張れ」と言われて、私は辛かった。激励は人間が立ち上がる気力が残っているのに、きっかけがつかめなくてしゃがみ込んでいる場合とても大きな力を持つものとなる。だが人間には生きていくうえで「もういいや」という時がある。これ以上頑張れないし、もう生きなくてもいい…そういう決意を固める時がある。「頑張れ頑張れ」と鼓舞していただくのもありがたいが、イエスは涙を流された。」(ヨハネ11:35)。そういう時には黙ってぽろっと涙をこぼして、頭を下げて立ち去ればよいのではないか。そんな救いが私には必要なのかもしれない。「イエスは涙を流された。」
礼拝メッセージ
わが愛するもの
2026年1月18日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり「わが愛するもの もっと見る