2024年7月21日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「迷った一匹」ルカ15:4~7
あなたが百匹の羊を持っていて一匹いなくなれば探しに行くだろう。一匹を見つけたらどんなに嬉しいことか。迷って見知らぬ世界を彷徨い、また元の羊飼いのもとにもどる一匹の羊。羊飼いに連れられ羊の囲いを出た羊と、羊飼いに見つけてもらい羊の柵の中へ帰る羊は同じ羊なのにとても違っているように見える。自分を探してくれた羊飼いの姿に羊は生まれて初めて目に見えない何かに出会う。これは私たちにとっても大事な新しい始まりではないだろうか。この場面を想像するたびに胸がドキドキする。目に見えないものとの出合いはこの世に無数にあるに違いない。迷った怯えと不安。誰が探し出してくれるのかという好奇心。なだかわからないが喜びも同時にやってくる。こんな気持ちこそが生きている証ではないだろうか。辛いことも、悲しいことも、嬉しいことも、迷った人間にはすべてありであり、だからこれから始まる運命的よしみを見つめたい。人間は迷う存在である。道を踏み外すのだイタリアの詩人ダンテも暗く深い森を彷徨った。ひどい森であるとことん荒れ果てている。太陽は沈みかけ周囲は暗く不気味である。人間が迷うとはこういうことなのか。暗く深い森に入るダンテと、森から出たダンテは同じダンテなのにとても違っている。深い森の中で、いささか異なった人々に出会い、人間、人生、社会をじっくりと見つめ始めたのかもしれない。人間はきっと迷う前と迷ったあととでは違った人間になるのかもしれない。都会暮らしの不幸な娘が不幸を食べる動物をペットショップで見つけて飼う話がある。人間には食べてもらいたい多くの不幸がある。あのお方にとっての最大の不幸は、迷った一匹をあなたを失うことである。迷いおびえる私は、森の中から飛び出して、「いた!ようやく見つけた。」羊飼いの主人が私を探し歩いて見つけてくれたのだ。あのお方は言われる。〝一匹を見つけたらどんなに嬉しいことか〟。誰の人生にも、深い森がある。一匹を求めるあのお方の声がする。深い森に光が差す。森は草花に満ち始め、心地よい風が吹く。水は透き通り、にごりはひとつもない。私はご主人の後を追って、牧場へ帰る。私は主人の背中をながめつつ、人生はひとときも自分をこのお方から切り離さなかったのだとしみじみ嬉しくなった。こんな気持ちこそが生きている証ではないのか。
礼拝メッセージ
わが愛するもの
2026年1月18日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり「わが愛するもの もっと見る