2024年6月30 日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「平和をつくる」ローマ12:17~21
イエスは神の民とされたユダヤ人たちに、使命を与えられた。神の子たちが地の塩となり、世の光となることによって、人びとが神の子たちの良い行いを見て、天の父があがめられることだ。世の光、地の塩となることはこの世の闇を照らし、世の腐敗を防ぐだけではなく、自分を迫害する者たちの祝福を祈り、平和をつくることだとイエスは教える。イスラエルの神、そして私たちの神こそ人間に和解の御手を差し伸べ続け、人との平和をつくる神だ。この父にならい平和をつくるようにと神の子に命じられる。また、イエスの名によって悪霊を追い出す奇跡を行う者に、ヨハネは、イエスの名によって悪霊を追い出すことをやめさせようとした。イエスは、自分たちについてこないからという理由で、イエスの御名によって神の力ある業を行うことをとめてはならない。と戒めた。私たちの心は狭く固い。自分の考えを基準にして人をさばく。しかし、神の力は人の狭い考えによって縛られることなく、神の主権のもと、異なった賜物を与えられた人びとの上に働かれる。イエスは小さい者たちをつまずかせることの罪深さを述べ、皆、塩気を保ち、互いに平和に過ごすように命じる。「塩は火によって塩づけられる。」塩が塩となるためには火によって鍛錬されるという過程が必要だ。平和は人と人の間で意識してつくり出されるものだ。しかし、私たちはしたいと思う善を行うことができず、したくない悪を行う罪の性質に縛られている。神の子たちが、神の御教えに従い行こうとするとき、痛みと悩みの中を通る。神は御自身のこどもたちに必要な過程として剪定を施される。その過程を通して自分が救いようのないあわれな存在であり、そのあわれで救いようのない者を、決してあきらめない神のあわれみの深さと、いつも差し伸べられている完全な愛を知る。
礼拝メッセージ
わが愛するもの
2026年1月18日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり「わが愛するもの もっと見る