2024年6月23日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「火の柱」出エジプト18:21~22
日本における壮年層の非正規雇用が年々増加している。五六十代を迎えて引っ越しのバイトをしたり、炎天下の工事現場で旗を振る。中高年の失踪件数も増加している。「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んだ成れの果てである。人は誰でも終着駅に近づいた時、自分だけの自由を取り戻したくなるのではあるまいか。レールの上を走ってきた人生に対して(もう勘弁してもらいたい)、あの感覚である。フランスの画家、ポールゴーギャンは結婚当初は11年間株式仲買人として、妻子を養った。ゴーギャン43歳の時、彼は第二の人生を求めて、単身タヒチに移住。そこで後世に残る数々の名画を残している。そのゴーギャンの言葉である「人間というものは子供の犠牲になるものだ。その子供もまた、自分の子供の犠牲になるものだ。この馬鹿げたことが永遠に続くらしい。もし、すべての人間が子供の犠牲になるとしたら、一体誰が芸術を創作し、美しい人生を創造するのか。ゴーギャンにはタヒチがあり、モーセにはカナンがあり、私には何があるのか。もーセはチッポラと結婚し、二人の子を得た。エジプトを出て三か月、一行はシナイの麓に着く。かつてモーセが神の声を聴き、第二の人生を決断したあの聖なる山である。神はモーセを認め、厳かに十の掟を示し、これを石板に刻んで十戒とした。聖日を守らず、父・母を敬わず、姦淫に身を委ね。人の所有物に手を出し、都合が悪くなればすぐ嘘をつく。こんな体たらくで、第二の人生や自分だけの自由を取り戻すなどと笑わせてはいけない。守るべき掟はきっちり守って、その上で第二の人生を歩むのだ。旧約聖書最大の偉人でありながら、モーセがどこに葬られたか「誰も知らない」と聖書は記している。モーセの第二の人生は波乱万丈だった。せめて遺体だけは誰にも知られず、そっとしておいて欲しいと願ったのかもしれない。シェイクスピアの墓碑銘は「ここに埋められし亡骸を暴くことなかれ」であり、これからは第二の人生とかそんなことには関わりなく、天の故郷の土の中にそっとしておいて欲しいとの心境だろう。命日は4月23日。誕生日と同じである。老いたるシェイクスピアが「今日は俺の誕生日か」「じゃあ死ぬか」。ゴーギャンもシェイクスピも妻子を残して第二の人生に旅立った。決断はあれでよかったのか。しかしモーセはそれを選ばなかった。つかの間の人生を一番心を許し合ったチッポラと寄り添いながらカナンを目指した。モーセが確信して選んだ道である。チッポラがモーセの背後に回って、夫の洋服についた埃をはらっていた。モーセのあの杖は女の右手に握られていた。もう片方の手は、モーセの腕に巻き付き、もつれるようにして、カナンを目指して歩き出した。二人を照らす目の前の火の柱が約束の地まで二人を導いた。

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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