2024年6月16日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「ヨルダン川」マルコ1:4~5
戦国時代、細川ガラシャ呼ばれるキリシタンがいた。彼女は明智光秀の三女で名前は玉。光秀は本能寺の変を起こすほどの大きな天下取りの野望を秘めてていた人物だが、だがそれは男の世界の話であって、玉は何よりも心の安定と平安を求めていた。大きな野望のため転々と主君を変える父。父は何を求めているのか。父が求めるものは私に幸せを与えてくれるのか。彼女は16歳の時、細川家に嫁ぎ、忠興の妻になる。幸せな結婚生活もつかの間、突如父・光秀は、兵を信長宿泊中の本能寺向け反乱を起こした。玉は主君殺しの逆賊の娘として幽閉される。話し相手は、小侍従と呼ぶ、女召使の侍女だけだ。夫忠興は、玉の不在中側女を迎えていた。この頃、玉の夫・忠興は、茶道の千利休を介してひとりのキリシタン大名と親密になっていた。高山右近である。右近はキリシタンであることに誇りを持っていたお横であり、会津藩主・賀茂氏郷などは右近の勧めでキリシタンに改宗している。玉もまた心を開き、関心を持った。衝撃的な事件起きた。関白秀吉が突如キリシタン禁制を布告したのだ。玉は洗礼を希望したが・断られている。この時、秀吉に反抗の意を示したのは、キリシタン大名高山右近だけだった。そのため彼は領地を没収されている。洗礼を受けたいとの熱望が再び燃え上がったのはこの時である。玉は右近の妻が羨ましいと周囲に漏らしていた。宣教師の計らいで玉の侍女・小侍従にラテン語の洗礼の仕方を教え、玉に洗礼を授けるように計らった。こうして小侍従は教えられた通り自分の主人に洗礼を施した。秀吉の死後、男たちの世界では次の権力闘争が直ちに始まった。玉の夫忠興は家康に細川家の攻防を賭けた。男たちの世界に生きている限り、すべては不安定である。男たちの世界のあさましさ、醜さ、頼りなさを悲しい眼で玉は見つめた。その男の世界の中で、敢然と右近だけが領地を捨て、剤を没収さ眼に見えない精神の誇りと信仰を守ろうとした。玉が右近の妻を羨ましがっていたのはすでにのべたが、右近の勇気と決意は、玉が知っていた男の世界とはあまりに隔たっていた。私も右近のようにいきなければ、洗礼を受ようとする者など現れないだろう。そこでユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。(マルコ1:4)これらの住民の中に玉もまじって、バプテスマのヨハネのもとに急ぐ姿が私の眼に浮かぶ。
礼拝メッセージ
わが愛するもの
2026年1月18日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり「わが愛するもの もっと見る