2024年5月19日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「偽りのない愛」ローマ12:9~13
人間の体の器官のなかで、かしら(頭)は体を動かす指令塔の役割を果たす。キリストのからだとされる教会は、かしらであるキリストの思いがからだの器官の隅々に伝達され、キリストの思いのとおりに働く。キリストが体の各器官に伝達される思いとは何か。
イエスは、ご自分が十字架に架かられる前夜、イエス自ら膝をつき弟子たちの足を洗われた。模範を示したのだ。神としての位も、栄光も捨ててこの地にお生まれになったイエスの生涯は、人のために御自身を与え尽くして歩まれた生涯だった。そして罪の赦しを与える新しい契約は、万人に対する神の偽りのない愛のあらわれだった。(ヨハネ3:16)教会のかしらであるイエスの思いは、神が深いあわれみをもって弱さを抱えて生きる万人を愛しておられるように、信徒達が互いに愛し合うことだ。そしてイエスが万人のためにいのちを捨てられたように信徒達が互いに犠牲をはらい、仕え合うことだ。そして、愛や正義が失われるこの世界で教会が光となり、神の御名が誉め讃えられることが教会に与えられている使命なのだ。偽りのない愛で、神は私たちを愛す。獣のように他人をなぎ倒し傷つけることしかできない私たちに対して、神は偽りのない愛で御手を差し伸べ続ける。偽りのない愛は神のものだ。すべての信徒が、何の功績もない人間に注がれる神の深いあわれみの元にへりくだり、思い上がることなく、相手のうちにおられ、働かれるイエスを信じ、尊敬をもってともに歩むようにパウロはすすめる。
その道は険しく涙の谷を歩むような痛みをともなう苦難の道だ。人の力ではとても立ち上がれない。しかし、神を愛するものに起こるすべてのことを益に変えてくださる神は、苦難のなかにともにおられる。人は恵みだけでなく、苦難をも神から受け耐え忍ぶとき、苦難を通らなければ決して得られない神御自身を知る知識を得る。金銭的に困窮するキリスト者に対して、あわれみの心を閉ざすこと無く必要をともに満たし、もてなすようにパウロはすすめる。金銭においては誰もが強く執着を持つ。しかし、金銭に縛られる生活に聖書は警告を与えている。(Ⅰテモテ6:10)(マタイ6:24)イエスは、神に従うものの必要は天の父が知っておられるのだから、まず、神の国と神の義を求め続けるように教えた。
神の子どもたちの内に住む聖霊こそ子どもたちをとりなし、慰め、励まし支えて良い行いをする力となられる。
礼拝メッセージ
わが愛するもの
2026年1月18日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり「わが愛するもの もっと見る