2024年3月24日 基督聖協団目黒教会 牧師 横山聖司
「暗転から明転への約束」創世記9:13
メルヘン童話に「赤ずきんちゃん」がある。狼が、どこに行くの?とたずね、おばあちゃんにお菓子を届けるの。クライマックスはこのあたりだろう。ナイトキャップをかぶりベッドに寝ている狼の姿が目に浮かぶ。おばあちゃんのお口はどうしてそんなに大きいの?お前を食い殺すためだよ。童話というものはなぜか残酷に作られている。この耳はお前の話をよく聞くためだよ。目はお前をよく見るためだよ。大きな口はお前を食い殺すためだよ。不意に暗転するメルヘンの世界。誰の人生にも狼が潜み、突然牙をむく。その場のありさまが暗転する。人生の凶暴さを思う。入院までしたうつ病も回復し、人生これからと感じた矢先、突然脳腫瘍で倒れ、余命一年を宣告された。「お前を食い殺すためだよ」。創世記1章の特徴は「神はそれを見て良しとされた」のリフレインである。だがアダムとエバの堕罪で状況は突如暗転する。カインがアベルを殺し、バベルの塔がそびえ、転げ始めた石は止まるもんじゃない人間は洪水で滅びていく。ノアとその家族の戦いだ。大地が乾くと大空には虹がかかり、これが神と人との契約の印となった。神が人間の繁栄を約束したのだ。これからは状況が徐々に明るい方へと転じて行く。暗転から明転への約束だ。大空の虹を目にするたびに人は今の状況が明るい方へ転じるとの神の約束を思い出すべきである。「お前を食い殺すためだよ」。私は心に虹を描きながら、これから何を体験するのかもっと生きてこの目で見てやろうと思う。(どうなるかこの目でみてやろう)は、どうなるかまだわからないからである。目に見えない明日は、人間を超えたものの手の中にある。そこに不安と同時に希望がある。一日一日と刻む私の営みは、無数の可能性の前に立たされている。私は何かを解決するために生きるのではなく、無数の可能性の前に立つ自分の姿を提示すればいいんだ。私の任務はそこまでである。「わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる」(創世記9:13)

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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