2026年2月15日 聖協団目黒教会 牧師 横山さおり
「勝利」ヨハネⅠ6:29‐33

「イエスが誰なのか」というクエスチョンは、イエスを知る全ての民が心に持ち続けた問いだった。人々はイエスが行われる力ある奇跡の御業を見た。奇跡はイエスがメシアであることを証明するためのものだったが、イエスにつまずいた人々は、イエスとともに神がおられることを認めなかった。彼らはイエスに不満をもち怒りを燃やした。イエスが彼らの期待するメシア像と離れており、イエスが彼らのこころの奥に潜む罪を指摘したからだ。つまずいた人々の「あなたはだれなのですか」という問いには、イエスへの憎しみが隠れており、イエスをメシアとして認めない強い覚悟があった。そのため、イエスはご自身を明らかにされなかった。バプテスマのヨハネはイエスの前に遣わされた偉大な預言者だった。ヨハネは厳格に律法を守り、人々に神のことばを伝えた。多くの人々がヨハネのもとに来て、罪を悔い改めバプテスマを受けた。イエスもヨハネからバプテスマを受けた。イエスとヨハネはお互いに信頼する関係だった。イエスがメシアとして活動を始めると、多くの人がイエスのもとへと流れていった。しかし、ヨハネは神が自分に与えられた使命から外れることはなかった。「あの方は盛んになり、私は衰えなければならない」ヘロデ王の罪を指摘したため投獄されたヨハネは、牢の中で弟子たちからイエスの活動を聞いた。メシアは悪と罪を燃える火でさばき、神の国を打ち建てるお方と信じていたヨハネは、弟子たちに伝言を託してイエスに尋ねた。「おいでになるはずの方はあなたですか。それとも、別の方を待つべきでしょうか。」イエスはだれなのか。ヨハネの心に迷いが生まれた。イエスは人々の病が癒され、死人がよみがえり、貧しい人に救いが宣べ伝えられていることを弟子たちを通してヨハネに伝えた。イエスは力ある御業で人を救い、傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯心を消すことのない、人の弱さに寄り添うメシアであることをヨハネに知らせた。イエスを神の子と信じた弟子たちは、数時間後イエスを見捨てて逃げる。イエスをメシアと知らずに十字架につけた人々の罪は重い。イエスを神と知りながら見捨てる彼らの罪も重い。その重さは彼らを押しつぶすであろう。イエスは弟子たちを励ます。「あなたたちは今信じるのか。しかし注意しなさい。あなたたちがわたしを一人残し、自分の家に帰る時が来る。それでもわたしは一人ではない。父がわたしと一緒におられる。これらのことをあなたたちに話したのは、わたしにあってあなたたちが全き平安、確信をもつためです。世にあってはあなたたちには試練、挫折がある。しかし元気でいなさい。堅く信じ、臆せずにいなさい、わたしはあなたたちのために世からその害する力を奪い取ったからである。」(詳訳聖書より)

カテゴリー: 礼拝メッセージ

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